ネットがつかえない

アラズヤ商店陳列作法

イラつくよりマシな方法はある

 

性格の悪さ丸出しみたいな記事を書いたきり、5日も放置状態をはばからずにいられるのは、夏のせいです。

 

”夏のせいです” なんて今頃言うことを頓珍漢として看過できない気がしてしまったそこのあなた、そんなあなたはすっかり心地良く毒電波の虜、情弱というどツボに住まうムシケラに無自覚のうちに成り下がってしまっている可能性大ですから、自分で何とかするしかないですよねそんな程度のことはさ、なんて性悪続行中ですか。

 

 

 

”平成最後の夏”

 

だまらっしゃい。

 

 

 

そんなこといったら、今日だって最後じゃないですか。

明日も最後、明後日も最後、昨日に至ってはもう無いんですから。

一昨日だって一昨昨日だって……しつこい。

 

 

ウチのムスメは、ヒマがあればマンガ読むかアニメ観るか、寝てます。

そういう”最後”の過ごし方。

いいじゃないですか、”最後”なんて、明日にだって転がってら。

明後日にも明々後日にも……(しつこい)

 

 

 

何が言いたいのかって、”片っ端から馬鹿っぽい”ってその一言に尽きるんですよ。

 

 

甲子園で活躍した彼ら、素晴らしかったですよ。

ちょっとしか観なかったようなあたしですら、何だかほら、ねえ。

判官びいき? まあまあ。

 

 

 

”栄誉市民!”

 

 

 

何だそれアホか、ですよ。

そんな言い方じゃやさしいか、

 

”オトナが子どもに群がってはしゃいでら、クソみっともない”

 

 

主役とされがちな彼のみにしかあげないらしいところがまたケチクサイ。

高が知れてる。

何故そんなおまえらが上から。

スーパーボランティアだとか、以下同文。

 

 

台無しだ、片っ端から台無し。

シロアリかと。

 

 

報じて腐らせるアホ臭さ。

みすぼらしさ。

 

 

 

だからって、まんまと腐らせるのは、誰だ。

便乗したがるのは誰だ。

 

 

 

”平成最後の夏”なんてそそのかされて、まんまと気取りたがることと一体何が違うのか。

 

 

 

あなたにとっての例えば”最後”みたいな、あなたなりのふさわしい何かをあなたが思いつく今日だというなら、夏だというなら、好きにしたらいいんです。

遊び倒そうが充実に努めようが静かに見送ろうが、それはあなたばかりの流儀というものだ。

ステキなことだ。

羨ましいことだ。

 

 

 

 

”平成最後の夏”

”100回記念”

”スーパーボランティア”

 

 

現象みたいに眺めるのなんか御免だ。

なめやがって。

 

 

 

一つ一つを、今日を、明日を、あたしはあたしばかりの視線でまずは照らそう。

あなたもあなたらしい視線で、まずは照らそう。

 

 

そうして看過できない例えば”平成最後の夏”を眺めたくなったなら、それはあなたばかりの”最後”にきっとふさわしい。

当たり前のことだ。

 

 

 

 

馬鹿っぽくてイライラする。

 

 

 

 

大衆心理クソ滅びろ

 

大衆心理舐め腐ったポンコツクソメディア手法滅びろ

 

 

 

 

情報は、アナタという感度を舐めてる。

どうかれっきとした怒りを。