ネットがつかえない

アラズヤ商店陳列作法

舞い戻る季節


"お盆はお店やってるんですか?" は愚問です。


まったく常識らしい慮りに対して反射の速度で抱く "愚問" だなんて苛立ちは所詮ただのわがままで、だからといってそれをわがままとして取り扱われ続けるこの先を想像することは思いの外酷なことで、"ずっとそうしているつもりなのかおまえら" とか "思い込み続けるつもりかこのうすらとんかち" なんて軽薄な白状を仕出かして思い当たる正解はつまり、"愚問" に対してではなく "愚問を愚問としないその欲求の低さ" に対してこそに違いない、といつもながらの着地点とはいえ所詮ブレはない今日も今日として勤しんでます。



汗が滲んでひどい。

けれど、その気配は確かに衰えを含んで、"盆だなあ" という毎年の恒例のようなセンチメンタルを充填しつつあるそんな迎え盆。

ドラえもん

シュララボン。




冷蔵庫に絵を描いた。二日前のことだ。

絵を描いたのは、中学の美術の授業以来のこと。

そんな最後の授業のとき、担当の教師が言っていたこと。

 "もしかしたらこの中で、もう一生絵というものを描かない人もいるかもしれないんです。絵を描くということは、そういうことです"

とか確かそんな感じのことだった。

あたしは風景画がヘタクソで、人物画も大したことはなかったのだけれど、男の子を描かせたらボテボテのぬいぐるみか何かのようだったのに、女の子を描かせると何故かいつも花マルをもらえた。

恐らくその視線はちゃんと年頃らしくエロかったのに違いない。

モデルは同級生だった。

動物みたいな成果じゃないか。

などといった、そのタッチの年頃なりのムラという正直さのようなものを今も何となく覚えている。


あと、当時転校してきたばかりだったのにもかかわらず既にかなり濃厚な "いじめられっ子風味" を背負っていた秋山さんという女の子のことを思い出すのもやはり美術室という景色の中で、あたしは何故彼女がいじめられている、というかハブられているのか、そのニュアンスのようなものがあまり理解できていなくて、だからといってはばかりなく彼女と親しくしてあげられるほどの勇気も人格もなく、そんなある日、配られた写生用の画用紙を前の席から順に取り送るという場面において、あたしは後ろから二番目の席、そして秋山さんがあたしの後ろの席で、つまり一番後ろの席でいるのにいないみたいな雰囲気でいて、あたしはそれをまるきり無視できないような気分でソワソワしていたのだけれど、そんなソワソワとした緊張が一体何に対してのものなのかはやはりまるきりわからずにいて、そんな気持ちも定まらぬうちに前の席の子からあたしの手に、画用紙は送り届けられてきたのだ。

画用紙は、三枚あった。

つまり、秋山さんの手に一枚余分な画用紙が残されてしまうことになることを知って、あたしは妙な使命感のようなものを即座に思いついてしまったのだ。

"秋山さんは、残りの一枚を先生のところに戻しに行けるだろうか"

秋山さんは多分目立ちたくなかったはずなのだ。

あたしはそう思ったらしく、覚悟を決めたはずなのだ。

「一枚余っちゃうね。返してくる」

秋山さんは確か、「あ、うん」とかそんなようなことを言って、声はしなかったのだけれど薄く笑顔を漏らしたのだ。


程なくして、秋山さんは転校してしまった。

記憶が確かなら二ヶ月もいなかったはずで、子どものくせにあたしは当時、秋山さんにとってこの中学校が記憶に残すのに相応しくなさそうなことが、一体誰のせいなのか、例えばせめて担任の先生に代表して秋山さんに謝って欲しいような卑怯なことを思った記憶がある。


あたしが思い出すあの日の美術室、ボンヤリと色があるようなないような、もしかしたら秋山さんという女の子そのものが存在していなかったような気さえしてしまう、そんな曖昧さと、秋山さんにとってはあまり思い出したくないのかもしれないあの中学校で過ごしたわずかな日々の記憶は、案外似ていなくもないのかもしれない。

それは単に、未だに何となく申し訳なく思っているだけの卑怯な言い訳に違いない。



汗ばむような記憶だ。