ネットがつかえない

アラズヤ商店陳列作法

これはストレスじゃない、とか失礼な

 

どんな道にもその道の世界のようなものはあるらしく、だからといってその手のものにいちいち頓着したがるほど興味も必要性こそも思い付けないタチのあたしは、自家謹製のポンコツストレスに日々苛まれ続けてそろそろ限界、といったタイトロープメンタルがデフォ、つまりストレスなんてものは自覚できるウチはストレスのスの字ほどもない他愛もない擦り傷程度のダメージでしかないんだから気にすんな、といった程度の鈍感さもとい頑丈さ、あるいは大らかさのようなものくらいこそを自家謹製にてこしらえて重用して、こんなまるきりクソポンコツみたいな毎日をわりと無事な感じで過ごしているつもりではいるのです。

 

 

だからって、疲れるものは疲れる。

疲れた時は、正直に疲れたと宣言しよう。

確認した分、自覚症状がさらに重くのしかかってくるだけだから、素直にお風呂にでも入ってホッと一息ついたらいいんじゃない? なんてことを適当に予測して思いついて、だらしない口元を適度に結んでみたりするんですけど、やっぱり疲れたもんは疲れた。

 

自分の常識を他人の常識らしきで測られるのは、何とも面倒な気分を思いつかされるものです。

そうした感情に抵抗をけしかけなければならない面倒さこそが何よりも非生産的な思考システムのような気がして、我ながら自分をやめたくなる程度のストレスは、所詮思い付かずにはいられないのです。

 

思いついたようなストレスはストレスのスの字もないから気にすんな。

 

そんな無駄な頑丈さばかりを真に受けて、今もクソつまんない真っ只中でこんなこと書いてます。

まったく失礼なことだ。