ネットがつかえない

アラズヤ商店陳列作法

暗さは7月のせいなんかではないです

平成最後の夏の7月が終わります。


先だっての発言通り、ニュートラルに、"ああ、もう7月が終わっていきやがる" と努めて平坦に。


努めますとも。

"最後" とかそんな余計なテーマはどうでもよいのだけれど、それにしても終わっちまう。

7月。


もの言わせても、文章書かせても所詮暗さばかりが漏れ出してしまうことはもはや季節とか過ぎゆく日々とか、そんなことはまるきり関係ないのです。

何しろそれがあたしなんですから。


暗さを見た。

"体当たり男" って先頃世間で物議を醸したけれど、またやってた。


"お尻撫で逃げ男"


祭りでごった返す人混みの中、追い越し間際に何の用心なんだか手の甲で赤の他人の女の子のお尻を撫でて行き過ぎる "自分ばっか愉快犯"


暗過ぎる。


道行くほぼほぼの人たちが祭りの賑わいに興じる中、ただ一人黙々と "お尻触りたい"


何て暗さなんだろ。


お尻が、お尻でしかないんだな。

気の毒なことだ。




あたしの暗さは、お尻には向かわないです。

お尻は男女平等にある身体のディテールの一つなのだけれど、"似て非なる" というその存在の意味をあたしたちは本能で知ってる。


その理由を何と思うのか。


その疑問をただの本能で測るのみに堕ちると多分、"お尻触りたい" のみに成り下がるのではないか。

何という暗さであろうか。



あたしはあたしこその暗さの理由さえ探りたがります。


だから、"お尻触りたい" について、"アホか。しっかりしろ" と少しばかり上からのことを言ってみたところでいいではないか許してくれい、くらいのことは普通に思いたいわけです。


7月が、そんなことを想起させる季節であることは少し面白いなあと思うので、過ぎゆく夏の日はいつの年もどこかもの寂しいことであるなあとは思わされるものです。