ネットがつかえない

アラズヤ商店陳列作法

カベ、という表明の仕方

 

もう完全に ”何コレ?” みたいな有り様です自分ちながら。

だからって一先ず、大仕事終了。

 

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”ヘアサロンスペース半減計画” 暫定終了。

どうですか? この ”小屋感”

チープさ貫通してないですか? 

これで商売だってんですから気楽なものですよ、まったく。

 

え?

”催事場みたい” とか言ってんの誰ですか? 

 

 

その鈍感アンテナへし折ってやろうかコラ。

 

 

 

ウソです。

 

 

 

ソッコー二日間で作りました(まじ)

激安で購入したドア(本体価格より送料の方が高かったという逸品? これもまじ)が届いた当日(しかもど日暮れ)、いてもたってもいられず(ものっそせっかち)既設のカベなぎ倒しちゃってにっちもさっちもいかなくなって青ざめまくった木曜ど日暮れ。

”アホなのかな自分” 感、久々に真芯で炸裂しましたよね、自分で自分に呆れて夜眠れなかったですアホかと思う。

借金終わったばっかりなのにさっそくぶっ壊すって、”自分アホか。アホなのか何なんだ” って、自家中毒的呪詛にまみれた一夜過ごしましたまじしんどかった。

 

 

でも、よかったー。

金、土の二日間、ほぼ ”イキオイ” ばかりで仕上げちゃったんですけど、でも頑張ってみてよかった。

 

”めっちゃ落ち着く” 

 

らしいです(お客さま談)

自画自賛なんかじゃないですから勝手に不愉快思いつくとかカンベンですからね、そこのおまえー。

自己満足、ってことなら堂々と認めてやるけどなー、っつことなのだけれども。

 

 

 

 

これでいよいよ ”お店、真っ二つ” です。

エントランス入って左側は ”suffcuts"

で、じゃあ右側は何なの? っていうと……

 

 

空っぽでんな。とりあえず。

 

 

 

なんて。

 

上の写真にある ”黒板” にちゅうもーく。

つっても、よくわかんらんな。

何かいてあるのかわかっても、意味ワカランな。

 

あたし自身でもイマイチよくわかってないから、そういうことはやっぱり直接おハナシしないとわからないんだし、おハナシしてみたところでわからない人にはわかるはずもないことくらいはわかっている程度のことは考えているつもりではいるのでとりあえず、ウチのお店でお会い出来る方は ”あっちのハンブン、何やるつもりなの?” って、質問してみてください。

 

すっげ鬱陶しいハナシ、始まっちまいますから(藁

 

 

思いつける人には ”今さら” なのかもしれない程度のハナシ。

わかんない人には ”何それ” でしかないハナシ。

 

田舎は遅いし鈍いし固いし保守的だし排他的だから、あたしが思いつきたがるようなことはつまり、”はあ?” なことでしかないのだろうし、どんなに力説しても世間というモノはデカい声しか響かないらしいし面倒なばっからしいんだし、だからこそそんなモンどうでもいいや、って、だからってあたしなりにはその確信はつまり確信たる意気込みばかりに包まれているものだから誤解ばかりで突き進むわけにもいかないわけでつまりとりあえず ”今に見てろよ保守系庶民どもがよ” って態度悪く吐いて取り返しつかないような証拠ばっかを確信犯的に残すくらいのことはしてやろうと今、こんなカンジワルイことこそを書きつらってみたりしています。

 

 

 

世間はそんなにも満たされながら、それにしても所詮そうまでツライのか。

二言目には ”お金” っていう目的やら理由ばかりを話したがるそんな窮屈やら退屈を、”へえ” ってやり過ごしてすっとぼけてしまいたい。

”そんなもんじゃねえだろ” っていうまったくの本音を、所詮嘲笑われながら突っ走りたい。

儲かるとか、全然そういうことじゃないこと。

でも、所詮生きて、しぶとくて、案外独立にも似て、選択が可能で、意思決定っていうプレッシャーを持って、自由っていう不自由を快適に、嘲笑の裏でしか生息できないような充実を、その本性を、後悔じゃないタイミングで思いついて、知って、所詮その程度っていう実力こそをひいひいと生きる。

 

そういう ”身勝手” だなんて切り捨てられがちな ”本性” こそをちゃんと思いついて描いて挑んで悩んでビビッて、でもわくわくと、打ちのめされるような悦びを生きたい。

 

 

”自分なんて、所詮ちっせえ”

 

 

例えば、”発信” なんてことが適うのは、知性や教養や、行動力や人望に長けた人ばかりに限って実現される ”威力” なのか。

 

 

絶対に、そう。

限られた能力です明らかに。

 

 

現代の ”威力” とは、例えば ”プラットフォーム” とか。

現代の ”威力” とは、例えばそれを構築出来るチカラのようなものと思うんですよ。

多くの人を巻き込んで、それを実現するチカラとか、例えば。

 

 

所詮、凡人にはムリ。

 

 

ならば。

 

”凡人にも可能らしきソレ” を作りたい。

それは、あたし自身の ”サイズ” ってハナシなんですけど。

 

近頃の世間にはいよいよ顕著に、大きな ”威力”、尖った ”威力”、洗練された ”威力”、包み込むような ”威力”、つまり様々な ”威力” が沸き起こってます。

つまり、様々なプラットフォーム。

 

早い人は、すでにそれぞれに群がっています。

そうして、例えば ”充実” のようなものを誇らしく吐いてます。

多分、一歩先を行き得る ”行動力” です。

 

”行動力” って何だ?

 

思いついて、実行すればそれは単純に ”行動” ってことじゃないですか。

思いついて、道探して、”行動” する。

プラットフォームっていうものはつまり、その ”行動” を促してくれる道筋のようなものなんだと思うんです。

 

アスファルトで舗装された道を進むのか、石ころやら雑草を踏み分けて進むのか、どっちがどうというおハナシではなく、ただ、例えばアスファルトが途切れた時に脆く戸惑う、そんな想定を見失う感じを気恥ずかしく思い当たりたがるタチらしいあたしは、プラットフォームという仕組みに脅威を思いながら、魅せられながら、生意気にも踏み分けて進みたがる何らかの欲求を見過ごせそうにないらしいそんな馬鹿馬鹿しさこそをお金とは比較し難い何かのように思い描いてもがきたいような、そんな面倒をここ数日もひたすら思い描きながら ”小屋” のようなものを仕立てていたようなもので、すでに取り掛かってしまった事実を既成事実として堂々と自分にけしかけて、面倒で仕方ないことはわかっているのだけれど所詮やらないでいるよりはマシ、とでもいったような嘲笑われても仕方のないような思いつきこそをむしろ貪るように突き進みたい、面白がりたい、おっかないけどつまんないよりはマシ、を体現したいようなことをずっと考えていて、例えば ”発信” なんてこと、さも大層な、大それた仕出かしのように思われがちなことをもっと身近に、”一部の人” なんてことではまったくないもっと身近でローカルで、でも思いのほか威力を発揮できたり充実を知れたり自分を誇れるような、そんなきっかけのようなものを気軽に思いつけるような場所、システムのようなものを作りたい。面白がりたい。

 

 

”ハンブン” のハナシはとても素っ頓狂で、異様で、夢見がちなのかもしれないんですけど、実際によく考えてみれば、そんなどれひとつにもふさわしいほどでもない小さな小さな思い付きでしかないことを、あたし自身こそが自覚するべき、その程度の勇気や行動力くらいは試すべきと、ひたすらそんな冷静こそを呼び起こすことにこそ、心を砕いています。

 

だから、お店の改造程度のことなんて、実際にやってみたら案外チョロいものでした。

単純に、楽しかった。

そういうあたしばっかでしかない楽しさをきっかけにして、何を実現できるのか。

したいのか。

 

そんなものは、高の知れたお安い企みだと思うんです。

”一部の人” みたいな威力にまつわるまでもないもっと身近なもの。

遅くて鈍くて固くて、保守的で排他的な田舎だからこそ、あったら楽しい、そんなものを集めたい。

そこから、同じ仕組みを繰り返して生まれる次の仕組みを思いつきたい。

そこからはもうあたしばっかのおハナシではなくなってくるモノのはずなので、そうしてようやく離れられるものがあって、変わるものがあって、変わるはずの自分にさえようやく返れるような、実感のような、そういう循環のようなものに託したい何か、のようなものにこそ、これから挑んでいきたいと思っているんです。

 

 

すっごい面倒くさい。

なんでそんなことを思ってしまったんだろう。

って、毎日思っています。

 

だからって仕方ない、思いついたらやらないでいるほうが苦しいタチなので、面倒くさいを選んで挑んでみようと思っています。

 

やってみて、後から巻き起こることばっかを過ごしてみようと思ってます。

 

先を見て、まだ何もないことにアタマを悩ませてばかりの人たちに、馬鹿馬鹿しげなことの価値こそを証明したい。

 

あたしんちがやろうとしてることは馬鹿げてるのか。

 

それでもつまんないよりはマシだ、ってことを体現していきたいと思ってます。

 

 

"だって、そういうものでしょ?"

なんてカンタンに片付けたがる "所詮、無思考" なんて、つまんないから置き去りにしてやるんです。

 

 

まあ、大変なことではありましょうが。