夜更けのサロン suffcuts あるいは 現地時間拘束下  

東御市R18夜更けのサロン ”現地時間拘束下” ひっそりと馬鹿だからイメージばっかとか死ねって寝る間も惜しみますってば

だれも悪くないのこと

 

 

 

何をするにも ”セオリー” とか ”コツ” とか ”正攻法” みたいなものはあるらしくて、だからって ”成功法” までいっちゃうと途端に胡散臭い気分を思いつかされれないでもないんですけどまあ、それが確かなら従うべし、みたいな、手っ取り早いほうがいいじゃん、とか、要するに目指す結果が同じなら従うべくに従ってさっさと結果出した方がいいじゃん、っていう考え方はまあ、アリなんだと思うんですよ。

 

だから、みんなあれやこれやってセミナーとかコンサルとか当てにするんだろうし頼りにするんだろうし、ネットはそんな情報ばっかで溢れかえってるんだろうし。

 

あたしもいくつも体験しましたよー。

”かしこまりましたぁっ” 系の溌剌としながらどこか窮屈な感じの軟禁セミナーとか、聡明然としてどこか回りくどいコピーライティング系のビジネスコンサルとか、リアルもネットもまあまあ経験済み、何ならそれなりの金額も投下済み、ってことでしてまあつまり、勉強にはなりました。

 

なりましたとも。

 

 

あたしの性分が、とかく ”反面教師” 的学びに敏感だ、ってことも漏れなく告白しておかなければならないわけではあるのですがー。

 

 

そんな感じにおきましての一番の学び

 

”だぁーれも悪くねえっ”

 

ってことですかね。

 

 

”やればやるほど髪がキレイになるパーマ、縮毛矯正” とか、今考えたら ”ふざけんなアホか” なんですけども、当時のあたしは ”マジなのそれってマジなのっ?!” ってまんまと食いついちゃったんだし期待しちゃったんだし、つまりそれってあたしの意思ってことじゃないですか?

欲かいて、釣られた。

ってことじゃないですか?

だっせー

 

 

でもでも、先方に言わせたら、釣ったつもりなんかないのだろうし、騙したようなつもりこそないんだろうと思うんですよ。

どうしてそう思うのかって、何よりそれを望む人がいる、ってことなんですよ。

かつてのあたしがそうだったのだろうし、ひいては、そういう商品とか技術を、お客さんこそが欲しがる、期待する。

 

それが事実なのか、どうなのか。

そんなことは、どうでもよく。

 

”はいっ、かしこまりましたぁっ” って、みなさん明るく素直に学んでおられました。ほとんど心酔してるとしか思えない様子の人さえ。

 

 

……ううーむ

 

 

すっごい数の薬剤。

技術マニュアル。

接客さえマニュアル。

つまり、懇切丁寧。

新たな武器を手に入れたような。

聡明な理知に満たされるような。

そうして思いがけずチラつく明日への希望。

 

全ては ”お金のため” に。

 

 

 

もっともだ。

もっともすぎて、反論できん。

 

 

 

そうして、三ヶ月ばっかで即退会。

費用にして約三十五万円也。

 

勉強になりました。いやマジで。

 

 

そうでなければ辿り着けない、思いつけない疑問とか欲求とかつまり、”何か、ちがくね?” みたいな感じ、あたしはそうしてよくやく遅まきにも辿り着いたり思いついたりしたわけだと自分なりには思っているわけで、そうして今現在、こんな面倒臭い商売をしてるわけです。

 

ううーむ。

 

それって、正解なんだろか?

アホなんだろか。

 

 

”そうしたいっ” って例えばそんな意思のようなものに対して、”セオリー” なる適切な知識とか技術とか方法論、みたいなものって必ずあるもんなんだろかー。

 

あるのかも。

あるっぽい。

あるらしいですよ。

 

なんだけどでも、それって要するに ”結果論” ってことなんじゃないんですかね? っていうありがち且つ馬鹿っぽい反骨あるいは捻じ曲がった屁理屈。

 

 

総体的 ”べき論” はつまり、”一様” です。

 

個人的 ”べき論” はつまり、”わらいもの” です。

 

 

そうです、かのセミナーを退会するときあたしは ”わらいもの” だったに違いありません。

 

しめしめ。

 

あたしのそんなケチクサイ含み笑いなど、明るく素直なセミナー受講生のみなさんの蔑むような視線に軽く揉み消されてしまうのでした。

 

そんな感じだった、ってだけですけれども。

 

 

 

パーマだろうがカラーだろうが、”髪を傷めない” なんて謳い文句はどえらい嘘っぱちなんですからみなさん、せいぜい喜び勇んで尻尾振って喜んでみてください。

”オススメのトリートメントのおかげで髪が生き返りましたぁ” ってなんとかぺっぱーとかに馬鹿っぽいこと散々書き込んでシアワセになってみてください。

 

ウチにはそんなこと出来ませんもん、かなわんなあ、です。

 

 

 

そんなあたしが ”セオリー” やら ”コツ” やらってことについて何を思うのやらっていったなら……なら……ううーむ

 

 

 

つづく。

かも。

 

 

 

 

 

 

 

 

間違いない。っていうその感じ

 

 

多分、朝からもう10回は聴いてる。

 

ドレスコーズ ”人間ビデオ”

 

 

アレです、映画”GANTZ” の主題歌。

 

 

 

今頃かよ、とか言わない。

志麿くんは毛皮のマリーズの頃から大好きで、髪型とかファッションとか実は日頃からよくパクってるんですけど、”志麿くんフォロワー?” と尋ねられたことなど一度もあるはずもなくそんなことそもそも志麿くんにこそ失礼というものでー。

 

しかしながら本日も志麿くんDAYということで、冬なのに、昨夜は雪が降ったというのに、長袖Tシャツにマリークワントの白T重ねて茜色みたいなカーディガン。

イメージは”恋をこえろ”のPVの志麿くんなんですけども……、っていいじゃないですかあたしの勝手じゃないですか、気分ですよ気分。

クビまわりすっごい寒いんですけど、だからこそ、マフラー巻くんじゃないですか。

巻けるんじゃないですか。

あたしは夏でもカーディガンを着たいっ。

だからこそ、冬に着るカーディガンの着方こそ夏のついでみたいな、とかなんとか。

 

 

”人間ビデオ” 超かっけー。

 

歌詞はまあ、当然ながら ”GANTZ” 意識してるんですし雰囲気こそそれっぽいんですけど、あたしは基本的に歌詞とかあんまりどうでもいい方なのでつまり、どうでもいい、とまではいわないけどもまあ、気になんない。

 

メロディー。最高。

 

むずかしいことはわかんないんですけど、なんだろ、展開がすごく小説的っていうか、
”起承転結”とかいうけどそういうんじゃなくて、単純に作り手の企みみたいな、精神状態を弄ぶような、要するに言い方わかんないので ”小説的”とかいい加減なこといってしまうんですけど、でもほら、志麿くん自身がものすごい読書家じゃないですか? なんですよ。太宰フォロワらしいです。又吉くんかよとか言わない。

 

若いのに、ドラマチックな人だなあ。

たまらんなあ。

 

カート・コバーンはつまりオタクだった、ってローリングストーンか何かで読んだことあるんだけど、志麿くんだってどうせオタクなんですよ。

 

かっけー。

オタク。

 

 

なんにせよ、突き詰めるチカラが人より余分にある姿っていうのはやっぱ、ドラマチックですよねー。

その纏うなにか、みたいなものが。

 

 

突き詰めたところに芯を見つけた人、っていうのはやっぱ、道を誤らないっぽい。

志麿くんもまさにそれで、大流行りはしないけど受けるトコでは絶大な支持と信頼を勝ち得てる。

 

好きなばかりに研ぎ澄まされたそのドラマチックな見識と気配と、紛れもなく本物を知るに近いに違いないその存在感はやっぱ、見る人を出逢う人を夢中にさせてしまうんだなあ。

 

ドラマチックだなあ。

 

 

 

何しろお洒落さんであるし。

 

 

 

 

 

明日も ”志麿くんDAY” だなこりゃ。

りざべーしょんあんどついでにあんさー

 

 

いきなり

 

現地時間拘束下 活性化アンケート (1月編)

 

 

暗くて寒い冬だからこそ、のアンケート

つまんないからアンケート

応えてみたらいいことあるかもアンケート

 

 

 

近頃テレビやネットでキテると思われる有名人、極めて ”こいつはヤバいっ、まじでカッコいいっ” って憚らず叫びたくて困ってしまうほどハートぐいぐい掴まれちゃってる男性有名人3名、あなたが瞬時に思い浮かべてしまう殿方三名を恥ずかしがらずに告白してみてください。

 

ちなみに、あたしが淀みなく思い浮かべてしまう御三方は以下の通りー。

 

 

第一位

 

テレビ朝日のゼネラルプロデューサー ”ナスD” こと友寄隆英氏(ベタですまぬ)

・もはや説明は不要ー。現地の人々を引かせるつもりで引かせるあの男気こそもはやメディアの宝ってもんでしょものすごい男だと思ーう。

 

 

第二位

 

大器晩成甚だしい出川哲郎氏(ベッタベタ)

イッテQの ”はじめてのおつかい” はバラエティーなんかじゃなくて、”人間力” っていうドキュメンタリーです。絶対。

 

第三位

 

顔デカくたって口臭くたって嫁はユッキーナ フジワラ藤本氏(個人的尊敬枠)

・パクリでCMとかゲスい、なんて誰も言わないしゴー☆ジャスこそ言わないっていう人たらしっぷりはほぼ神。同い年の彼の嫁がユッキーナだなんて、この世は夢で溢れてまくってるんじゃないだろかー。っていう壮絶な羨望でゴリ押し。

 

 

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LINEからアンケート(&予約は当たり前なんですよ)に答えてくださいそこのあなた。

いいことあるかもしれません(1月中に限る、です)

 

平日夜アフター7の有効活用なら現地時間拘束下

 

お馬鹿なハナシをしましょう。

 

 

べき論しね

 

 

 

ここ半年くらいの間、ウチのムスメとはまあ、よくケンカしてます。

 

”ケンカ” といっても所詮それはかなり一方通行に似た性質のモノで、それはつまり ”敵こそ天晴” というわけでもないんですしムスメは敵でも何でもないんですけどつまりつまり、あたしが一方的に言いたい放題みたいな情勢がほぼほぼなワケで。

 

どっちが ”オトナ” なんだよ。と。

 

そういう ”超不公平” みたいな ”ケンカ” をまあ、しょっちゅうしてます。

 

 

マンガやアニメが大好きなウチのムスメはつまり、近頃らしく眺めたなら ”JK10人いたら6人は同質” みたいなほとんどありきたりに近い興味とか感性の持ち主らしく、先日も地上波初放送! なる例のヤツとか全く興味深そうに見入っていたわけなんですしあたしは偏見のカタマリみたいな人間ですから自分の部屋へ退避ですし、そのすれ違い様ったらまあちべたいことちべたいこと。

 

そんな我が家におけるムスメの ”進路モンダイ” はつまり、かなりイビツな様相を呈しているわけでありまして。

 

 

そもそもその ”超不公平なケンカ” 的様相が日常化するに至る発端となったのが ”アニメが好き からの アニメ系専門学校行きたい願望展望の発露” っていうものすごくありがちな ”希望と偏見の衝突” っていうことなんですけどもそこはそこ、あたしは思いやりの欠片もなく看破して論破して木っ端微塵に撃破してしまったわけなんですよ、一度は専門学校のオープンキャンパスくらいは行かせても見たところにおいて、ですよ?

 

 

世の中には ”べき論” とか ”ねば論” みたいなものが、ものすごく ”常識” とか ”理解” みたいなものをまったくもっともらしく笠に着た実に物分りが良さそうでいて実はとんでもなく無責任な、っていうのはあたし個人の一方的偏見なのかもしれないんですけど、ようするにそういった何だか無条件的無思考とかあたしみたいのに言わせたらそんな苛立ちばっかしか思いつきようもないよく言えば ”大らか” な、平たく言えば ”情報に毒されてるだけのマヌケ馬鹿” みたいな人々が安易に着陸を目論みたがるような鈍感な有り様がさも図々しく蔓延して憚らない、そんな気がして仕方がないんですよ、っていうのはあたしみたいののただの ”負け犬の遠吠え” と呼びたければ勝手に呼んだらいいさ気が済むまでせせら笑ったら嗤ったらいいのさこちとらこんな感じの人生ったら筋金入りだっつうのなめんな。

 

 

嘘です。

 

 

 

”べき論” とか ”ねば論” って、苦手なんですよ。

 

”そうするべき” ”ああするべき”

 

”こうせねば” ”ああせねば”

 

そういうものすごくオトナっぽい感じに見えがちな覚悟やら義務感やら、思い遣りっぽそうな感じとか、ものすっごい苦手なんですよ。

 

 

そんな格好のつけ方を自らに仕込みたがるより何より先に、あたしは毎日朝5時半には目を覚ましてキッチンに立って、朝ごはん作ってお弁当作って、ムスメの晩ごはんのおかずを作ってから会社に行ってお店の営業もこなして帰ってご飯食べてお風呂入って寝るだけ、っていうそれだけの暮らしを去年だって多分10日と休まず動きまくってたんですよ。

 

そんな暮らしを掴まえて ”ツライ” なんて言ってしまったならあたしはもちろん ”べき論” だか ”ねば論” だかを振りかざす世間の良識だか常識やらの軍門に大人しく下ろうへりくだろうってものなんですけどいかんせんアレです、そんな暮らしこそがあたしには ”べき論” やら ”ねば論” でこそあるはずなので、”ツライ” なんて思うはずがないんですよこれが。

 

ざまみろ。

 

子どもが望むことを、腹立たしかろうが苛立たしかろうが無念だろうが、所詮丸ごと飲み込んで叶えてあげる頷いてあげるのが、オトナとしての、親としての例えば ”理解” なんですか? ”義務” なんですか?

 

”アニメが好きなんだから仕方ないだろう” って、ボケッと専門学校に送り出してあげるお金出してあげる。

例えば、ある種の論調としてってハナシなんですけど、アニメーターって職業もこの先の有り様次第では中国への出稼ぎ稼業になりかねない、なんてそんな見通しもまあまあでたらめでもなさそうだ、なんて見通しがないでもないこと、”理解ある” 親御さんたちは聞きかじったことくらいあるんでしょうかね。

あたしのまわりにいる若めの子らでそっち方面行った子ら、まともにそっちに向かえた子、たったの一人もいないです。

みぃーんな、一年やそこらで諦めて専門学校やめてコンビニとかアパレルとかでフリーターやってます。

近頃は就職事情とか悪くないらしいことよく耳にしますけど、わりと夢見がちなこと思いついた歴抱えちゃうと、現実的なことって魅力的には眺められないらしく何となくもんもんとして過ごしてるような子がすごく多いです。

 

まあ、人生ったらまだ長いし。

若いんだから、大丈夫だし。って、あたしなんかは自分のズタボロの人生こそ引き合いに出してさんざん ”楽しいこと思いついとけ若いんだから” って遠慮なしでズタズタに棘だらけみたいな励ましばら撒いて無口にさせてばっかなんですけど、でも、そこに至るまでに思いついたのはやっぱその人本人なんだし、認めたのは親御さん共々なんだし、そうしての現在なんだろうし、だからやっぱこの先を思いつくことさえその人本人なんだし、っていうのはもう本当にごく当たり前のことなんだし。

 

つまり単純に、あたし個人としてはそういうのとは考え方ちがうんですよ、みたいなことをムスメとはもう何度も何度も言い合っていがみあってぶち当たりまくってんです。

 

その結果、この先うちのムスメがどうなったものか、なんてことはあたしはもちろんムスメ本人にさえわかるはずもないのだけれど、あたしは勝手に思うんです。

 

”そこに至るまでに、やるべきことはとことんやり合ってきたつもりだからな”

 

 

間違ってんだろか。

正直には、”そんなもん知るか” って思ってんです。

 

そうしなければ、憎まれようが、恨まれようが、感謝されようが、心当たりさえ思いつけそうにない、っていう脅迫めいた焦燥とかそんな感じ。

 

 

近頃ウチのムスメはようやく、本当にようやく真面目に、自分のこの先のことをわりと興味深く考え始めてるっぽいんですよ。

多分、なんですけど。

 

”ええっ? 今頃なんて、もう進路決まってないとヤバくないっ?”

 

的なこと、しょっちゅう言われます。

知るか、と。

 

そういう ”べき論” 的な考え方にはこちとら興味が持てないのだし、意味こそ思いつけそうにないのだし、今現在にこうした状況にあることこそ重要とさえ思わずにはいられないタチですから、ようやく準備OK、とか、そういうムスメばっかのムスメらしさに、あたしこそようやくあたしなりの ”理解” のようなものを思いつくべきと、思い遣って然るべきと覚悟できるのだし協力的にもなれるのだし、遅いけれどまあまあ納得いかないではない、ぼんやりと、なんかでは全くない ”進路モンダイ” に向き合えるわけでつまり、”べき論? 何だそれアホか” ってちゃんと叫べる。信じられる。

 

全体主義としての ”べき論”が、お父さんはきらいだ。

ってあたしは宣言して、ムスメはただ頷いてました。

 

ムスメはようやく自分のこの先を考え始めたらしいです。

そんな有り様に急かされるまでもなく、あたしはあたしでこの先のことはやっぱ、考えるんですよ。

負けないように、とからしくないこと思いついたりとかまったくこっ恥ずかしいんですよまったく。

 

所詮あたしばっかの ”べき論” ふりかざして、ってことなんですけど。

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気まぐれが傲慢って、それこそ傲慢だよ相性悪いだけじゃんか

 

 

そもそも更新頻度から気まぐれなんですよ。

 

っていうか、書くときはやたらと書くんですし、書かないとなったらひと月とか平気で書かない。

 

つまり、気まぐれなんですよ。

文句あっか。

 

嘘です。

 

 

 

東証取引新年初日株価二万三千五百円也。目出度い。

 

 

株なんて知らないあたしにはその目出度さがわからない。

だから、そんな感じをして”好景気”なる感触のようなものをついと吹聴されても何だかなあ、実感とか? そんな言い方さえ覚束ないつまり、”はあ?” ってそんな実感こそを。

 

 

サロン業界はですね、”好景気” に煽られてんですか?

 

 

 

知らないです。

 

 

 

何せあたくし、業界内にお友だちがいない、どころかディーラーさんとかもまともなお付き合いしているところありませんからぁ、全然知らない。

 

業界のこと。

 

 

ウチに限って、っハナシならぁ、……低調ですね。相変わらず。

 

っていうか、好調だったことがそもそもないんですよ、商売始めてこのかたこれっきしさっぱりまったくどんよりまったりにべもなくそつもなく、低調突き通しまくってんですよ。

 

 

去年は商売まるごとイヤになっちゃったりなんかして、急にはけーんで工場勤務とか始めちゃったりとか、所詮馴染めなくてアホらしくて悶着仕出かしたりとか捨て台詞吐いたりとかほとんどチンピラ。

そんな一年だったんですよ。

 

でも、結局一年で十日も休まなかったかなー。

まあまあな売れっ子芸人より多分稼動してましたし。

まあまあな売れっ子芸人さんの百分の一も稼いでいないんですし。

 

 

 

平日は夜ばっか。

終日稼動は週末ばっか。

 

そんな感じの一年で、ずいぶんとお客さんも離れたなあ、っていう実感はもりもり。

 

所詮都合で用があっただけのお客さんはほとんど来られなくなってしまいましたね。

当たり前ですよね、こっちの都合ばっかでやってんですもん、都合悪ければ来なくなるのに決まってんじゃんね。

 

”もう、行かね”

 

って、例えばそんな決断って、いつするんだろか。

 

”そんなもん、知らね”

 

って、そうなんですよ。

そんなことすら考える手間もなく、そんなことになってるんだと思うんですよ。

 

つまり、

 

”その程度” っていうことなんだと、思うしかないはずなんですよ。

 

 

 

あたしんちは、”その程度” のお仕事しかして来なかった。

あたしんちは、”その程度” のお付き合いしか仕出かして来なかった。

 

 

それって、事実。

ううーむ、反省反省。

 

 

 

……まじか、と。

 

 

 

 

それって、何に対しての反省なんだろかー?

 

 

お仕事はもう完結してる。

その結果が今にあるなら、反省とかってなんなんだろ、そんなもん自分ばっかのための体のいい言い訳みたいなもんなんじゃないだろかー。

 

ばかだから、そういうこと考えるんですよ。

 

だからって、”もう行かね” って判断した人をもう一度呼び戻したい、なんてこと思うのかったら多分、あたしみたいのは案外その手のことにはあまり懸命にはなれないと思うんですよ。

文句さえ言わずに、ただ離れてくれた気遣いに、その程度のあり方にこそ感謝、とかそんな感じ。

 

だって、あたしだってお仕事の手を抜いたつもりはないんですから、それってもう仕方ない。

っていうか、気に入ってくれない人を相手にもう一度仕事をさせて下さいとか、ある時代にはそういう謙虚さとか一途さとか奉仕とかって考え方はもちろんだったろうなんですけど、例えば、現状考えてみて下さいよ? この世にヘアサロンって、一体何件あるんですか? お客さんにとって行き先は一生一度に振り分けたって余るほどのサロンがあるわけなんですよ? たったの一軒の反省とか奉仕とかってそんな使い古された美徳なんてある意味てめえ勝手の図々しさでさえあるはずだしそんなことにいちいちかかずらわせることこそ迷惑ともいえないわけでもないはずなんだし何より、そうされることで曲がったへそを正したような気になってくれるお客さんの顔なんて見たくもないんだし対等にお付き合いできそうな気がしないんだし”お客様は神サマです”とかアホなんじゃないだろか、って精神をまったく憚らず生きてるタチのあたしとしてはそうまでしてやるべきことがあるなんて悪いことではないけどせめててめえばっかで片付けとけ、くらいのことは思うんだしその程度の羞恥心くらいはちゃんと維持して然るべき世の中にはとおの昔に成ってるはずだって思ってんです個人的には。

 

必要としてくれること。

 

あたしんちはお客様を必要としてお待ち申し上げているんだしだからこそ、必要としてくれる人こそがお客様でなければ意味がない。対等じゃない。

 

お仕事をしてその代金を頂くんだし、それはまったく対等な立場でのやりとりでなければ健全に成立しない仕組みのはずなんだし、”ちょっとしか切らないから安くして” って例えばそんな価値程度に足る仕事もお付き合いもあたしなんかはまったく拒否したいんだし、素敵になってほしいからこそのお客様リスペクトを惜しまない立場として、コチラに対しても最低限のリスペクトを示してくれる気もない人を”お客様”なんて目線でお迎えしなさい、なんてことは嘘でもクソでも数字上げてナンボみたいな大型店舗へ行ってらっしゃいませ、ってもっとも適切で穏便で間違いのない正義こそをもたらしてお断りするべきと考えるのだしつまり、なんでこんな長々と醜いこと読むに堪えないようなことを認めているのかと言えば、今現在ウチにお出掛けいただいているお客様はヘンな言い方だけど、あたし自身のめがねに叶っている、そんな生意気な言い方ったらないけど要するに、いちいちウチみたいなショボいサロンにわざわざ出向かなければならないそれぞれの理由とか動機のようなものをちゃんと感じさせてくれる、いちいち言葉になんかしないのだけれど、お仕事をさせていただいてるあたし自身が勝手にそんなことを思いつかせてもらえる、そういう”適切さ”のようなものこそを携えてこのショボいサロンに足を運んでいただいている、というつまり信頼、とか恥ずかしいのだけれどもそんなようなことを身勝手でも思いつかせてもらってこそ多分あたしなんかはよりベストな技術を思いつけるのだし振舞えるのだしそれを楽しんでお客様にこそ楽しんで喜んでいただけるものと全くふつうに思っているので、例えば ”もう、行かね” みたいな感触に振り向いてもらいたい振り向かせたい理由なんか、思いつけるはずもないんです。

 

ああ、つかれた。最低だ。

 

 

ヘアカタログを見て、なりたいアタマを思うことは単なる憧れで、あなたのことなんかじゃないです。

あなたは、あなたにしかなれない。

だから、ネットの情報とか口コミとか、そういうことを根拠にしたがる、過度に期待したがるタチの人があたしはものすごく苦手です。

 

その場で繕うことは出来ても、それは所詮あなたなんかじゃない。

それをかなえてこそ、っていうお仕事ももちろんあるべきなんだし、世の中にはそれがごまんと溢れてます。

 

ウチは、そういうんじゃないっていうだけのことです。

 

 

”オススメのトリートメントのおかげで髪が生き返りました”

 

みたいのとか、ウチはまずないし、やらないです。

イイとかワルイってハナシではなく、そういう考えじゃないっていうだけのことです。

そうじゃないことを期待されることは単に ”相性が悪い” と考えるよりほかにない。

そんな関係に ”反省” 何てことを思いつきたがるのは個人的には ”商売” っていう体のいい言い訳みたいなものだと思うし、知ることも手間なお客さんには単なる迷惑でしかないとさえ思うんです。

酷い割り切り、とかなんでも言ったらいいです。

期待は世の中に溢れてるどころか有り余ってる。

 

 

”呼ぶ” のではなく、”寄せる”

 

そういう商売にこそ、ずっと憧れてんです。

それには ”相性” みたいなことは当然として欠かせない。

 

ウチは、そういうものを憚らず差し出して、お付き合いしたい派です。

応えてもらいたい派です。

 

 

 

 

 

 

画像が語る新年

2017の総括も挨拶も反省もへったくれもなく、

2018に魂胆も抱負も自覚もへったくれもなく仕出かしたこと。

 

 

スマホのロック画面の画像を田中みな実さんの例の画像に今更変更”

 

 

エロい? おっさん臭い? 変態かよ?

好きに言ってろ馬鹿ども。

 

 

つまり、今年は、今年こそはそういった偏見だとか先入観みたいなものをものともしない、なんていったら大層頑丈そうなハナシに聞こえないでもなさそうなのだけれどもそんないかついハナシなんかではちっともなく、

 

 

だって、かわいいじゃん。

っていうっか、キレイ過ぎてたまらん。

 

 

って、やっぱ変態かよと。

 

違うよ違うんだって。

 

 

 

ホームボタンを押すたびに現れる無償のほどき。

まじで癒される。

 

うお、言葉にするとまじで変態濃度濃過ぎっ

 

 

 

 

って、違うんだってば。

 

 

エロくないっ、断じてエロくないっっ!

 

 

例えば、”すっげかわいいっ” って単純な感激。

わかります? この感じ。

 

けっこう忘れちゃうんですよ、こういう感じ。

 

”そうだそうだ、女の子って、こんなにかわいかったんだっけなあ、素敵だったんだっけなあ” っていうつまり、根本的な生物的リスペクトとか。

 

 

あれ? やっぱ変態っぽい? ヤバい?

 

 

うまく言えないんですよ、何だか。

でも何しろはっきりと、たぶんあたしの中ばっかでは、ってことでも全然いいんですけれども。

 

 

こういう感覚と、常に身近でいたいなあ、とか。

なんていうんですか、だんだん気難しくなってきがちな、っていうか、そうあるべきでさえあるのかも、なんですけど何だろ? やっぱ楽しくないんですよ。

 

 

やっぱ楽しいもの、ことに出逢いたいし、キレイなもの素敵なもの、人にこそ出会いたいんだし、ってつまりそれは欲望とか願望とかごく個人的な欲求とかけっこう貪る方角にありがちみたいな苦手さとかイビツさみたいな感じのものではなくて、もっとこうあけっぴろげに、”つまらんっ”って叫べる何かだとか、””たまらんっ”って恥らうことなく迎える明るさのようなものだとかつまりよほどアクティブな、そんな感じばっかはごく個人的なモノであってまるきり構わないはずの展望のようなもの、期待のようなものこそを、年の初めっていうせっかくのタイミングにおいて殊更に意識したいものなわけで、わかりますか? ”彼女の例の画像”は、あたし自身の期待初め、強いてなら予感初め、とでもいいましょうかそんな心持ちにおきましての明確なアクション、ちっともエロくなんかない純粋なる憧れ、ってなんだそりゃ? まあいいやとにかく何だろ? ものすごく青臭い気分でいるってことなんですよ。

 

めでたい?

 

 

うーん、そうかもしんないっ。

 

 

 

近頃、彼女のことが好きすぎるこの感じはとても明るく、年甲斐もなく無邪気(キモ)で、わりと開放的でさえあり、こんな年頃にとてもお似合いでありがちな斜陽的アイデアなどまったく寄せ付けない馬鹿馬鹿しさこそをぶんぶんと誇るような面倒さこそを思いつかせてくれるわけなんであってつまり、新しい年だな、と。

 

 

簡単に言うと、”いい年にしたい、っていうかするぞ” ってそんな明るさとか。

 

 

歳を重ねてこそ、その意志はごく個人的アナーキズムを好んで貪りたがるんですよ。きっと。

 

 

 

田中みな実ちゃんは、問題なく可愛い。

 

 

いつもそんなことばっか言ってる一年にしたいのです。

文句あっか。

 

 

 

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ことわざすら

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夜更けのサロン ”現地時間拘束下” は開店時刻不定です

twitter ID @yofukee にて随時告知(概ねサボりがち)いたしておりますので、基本的にはフォローしない方向で検索にてご確認いただけたら全然OKです

夕方 ~ 最終問い合わせ21時、22時台までご予約可能です(田舎では夜更け)のでお仕事帰りでも余裕です

土曜、日曜は ”suffcuts” 朝10時より営業してます(第1、3土曜定休日)

”ツルツルサラサラ” とかアホみたいな商売はやってません

10レベル以上のカラーもやりません

トレンドカラーとかもありません

縮毛矯正は縮毛矯正、ランクなんてありません(値段で仕上がり違うとかアホかと思う)

パーマは手探り髪探りです

ホット系パーマやってません

セットやってません

メイクやってません

着付けこそやってません

つまりおっさんの許容範囲でしかやってません

基本ハンドブローです。ブラシとか使いません(ケチとか面倒なのではなく、そうじゃなきゃ意味ないと思ってやってます)

 

総じて、シンプル且つ面倒くさいお店です

ついでにおっさんおしゃべりだからウザいです

でも仲良くなったらアナタのモノ、居心地最高です

”髪を切る” のはただのきっかけ

お試し下さい

 

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”来年のハナシをすると鬼が笑う”

 

ってよく言いますけど、どういう意味なんでかね?

 

ってそんなときはさっそくグーグル先生に訊いてみましょ。

 

”将来のことなど前もって知ることはできないのだから、あれこれ言っても仕方がない。予測できるはずのない未来のことを言うと、鬼でさえおかしくてせせら笑うという意味から”

 

だそうです。

 

 

笑われることには馴れてるので普通に話してしまうんですけど、もう、年末ですよ。

気分は。ほとんど。

 

イヤになる。

 

 

親戚にリンゴ贈らなきゃ。

 

ジジババにカニ買って寄こしてやんなきゃ。

 

あ、クリスマスだ。ケーキ。

ムスメと過ごすのも今年が最後かもしれん。

 

とかまあ、いろいろ。

 

 

お金ばっか掛かる。

ちくしょう、あたしんとこにもサンタお願いしたいっていう一様な大人の願い。

 

まいっか。

欲しいもんとか別にないんだし(悲

 

 

 

年の暮れには "今年もありがとうございました状” をお送りさせていただいてるんですお客様宛てに。

 

迷惑かも、なんですけど。

 

 

"あけましておめでとうございます”

 

って、だんだん面倒なワードになってきてるじゃないですか?

もしかしたら相手先にご不幸あったこと知らなくて……、とか。

息子さん受験失敗したわよね、とか。

確か娘さん出戻ったはずよね、とか。

おばあちゃん、徘徊大変そうよねとか。

 

超てきとう。

 

 

要するに世の中、悪気なくしてうかがい知れないことはままある、ということでしてつまり、それにしても余計なことクチ滑らしちゃうとかカンベンだぜ、といった至って常識的かつ軽薄な回避そんな意味合い含みながらのカジュアルワード ”あけおめ” とかさ、フォーマルではまず使わないですもん、こりゃ安全だ。

 

って、何のハナシかよと。

 

 

たとえば ”おめでとう” が禁句になる。

そんな常識とか。

 

良かれとして引くものの多さにへきえきとしながらも ”あけおめ” 的な飄々感に身を逸らす現代未来の社会的バランスアンバランス。

 

 

メンドクサイですか。

 

 

肝心なメシが不味くたって、インスタ映えしたら結構な世の中なんでしょ。

 

そうして "年賀状” はかつての風習へと風化してゆくんです。

 

 

 

そういうあたしはここ十年、そんなもん書いたことない現代っ子です。

 

四十おっさんが何を言う。

 

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